松下 俊行(フルート)
維持会員の皆さま、維持会マネージャーの松下です。平素は格別のご厚情を戴き誠に有難うございます。前号は特別記事を掲載した為休載の選択を致しましたが、これまで2回(その1)(その2)に亘り、新交響楽団維持会に関し、その成り立ちの経緯や役割の変遷、また33年振りとなった会費値上げの背景、新響のおカネの事情などなど、一連の記事としてお読み戴いてきました。今回の「その3」でひとまず完結と致します。
前号は以下のような文末で終わっておりました。
<以下引用>
🔷新響に於ける維持会の位置づけ
さて、新響の活動に於いていまやこれほどの貢献をなしている新交響楽団維持会がどのような位置づけをされているか?ご興味の有無にかかわらず以下に記して参ります。
新交響楽団の規約に定められる維持会に関する規定は以下のようなものです。
第6章 顧問、団友、維持会
第13条[顧問、団友、賛助会員、維持会員]
- 団の目的にかなうと合同委員会が認めた場合には、団は、顧問、団友、賛助会員、維持会等を置くことができる。
- 前項に関する各項目については、別に定める。
「えっ!これだけ?」とは私も思いますが、実際これだけなのです。ここに挙げられている顧問も団友も賛助会員も実在しない中で(つまりはほぼ死文化している)、ひとり維持会員のみが前述の200名もの規模を誇り、財政的基盤に於いて重要な役割を担う団体を構成しているという事になります。また第2項にある「別に定める」も空文化。維持会に関して何ら定めたものはありません。維持会発足から半世紀の間、この条項は注目される事もなく、完全に放置されたままで、改めて考えてみると不思議です。そしてこの実態は今や不思議だけでは済まなくなっているのでした。
<引用終わり>
という訳でこの章を続けて参りたいと思います。
これまでお話してきた通り、維持会という組織は新交響楽団という団体を物心両面で支え、今やその存在感をますます拡大して来ている事は間違いありません。そうした流れの中で、新響団内での位置づけも変わって然るべき段階にまで来ているのではないか?これが維持会マネージャーを長年務めてきた立場としての率直な(あくまでも個人的な)感想です。前述の新響規約の該当条項を一見しても、ほぼ死文化した内容を含んでいる点など、時代に取り残されたものとの印象を免れません。
前回「その2」で詳述しましたが、維持会が前身の「登録会員」制度から切り替わって発足したのが1975年。その時点で規約にあるように合同委員会が「団の目的にかなう」と認めていた事は明白ですから、前述の条項はそれ以前に制定されており、且つその後の変遷の中にあって何ら見直しがされていない、という事が想像されます。新響の規約は旧帝国憲法のような一切の改正が許されぬ「不磨の大典」ではもちろんなく、その時々の必要に応じて対応する条項は適宜見直し・改正が行われて現在に至っています。その中で「取り残され感」がいま生じているのは、これまではとにもかくにも規約の「運用」や「解釈」でその時々の対応を重ねてきた事がもたらした、ある種の無関心に由来する、というべきなのかも知れません。これには私も気づかず猛省している点です。
また概して規則というものは、既存の項目を変更する或いは新たな項目を付け加える事への対応は容易だが、逆にそれを「全廃」する事には慎重にならざるを得ない現実もあり、死文化した項目と知りつつもそのまま残った結果の現状、と考える必要があるのかも知れません。
🔷金融口座に絡む問題
ところが既存の条文をどう運用しても、対応できない側面が現出してきています。端的な例は維持会が保有する金融機関口座の名義に関する問題です。維持会は都市銀行とゆうちょ銀行(旧郵便貯金)の2つの口座をずっと持ち続けて来ました。当初の名義は「新交響楽団維持会」。登録している印鑑にも同じ名称が彫られています。維持会発足時(すなわち約50年前)はこの団体名義で口座を開設する事は何ら問題ありませんでした。これはもちろん新交響楽団本体の会計口座も同じです。が、ある時期から法人格の無い団体は、団体名義の口座は認められなくなりました。
前回の記事で新交響楽団なる団体は「任意団体である」と自らを規定した歴史を書きました。この時点で新交響楽団は団体名義の口座を持てなくなったのです。各契約も同様。例えば新響事務所の賃貸契約は、団体名こそ併記するものの、実際には代表者の個人の名義で契約する形であり、金融機関の口座についても「新交響楽団 〇〇〇〇」の様に、従来踏襲してきた団体名に続けて、財務担当者の氏名を付加して対応せざるを得なくなっています。
維持会については新響規約に、成員である「維持会員」の規定こそありますが、維持会という団体の細目は明文化されていません。不明確な状態の、言うなれば「団体内団体」のような位置づけであり、もちろん独立した任意団体でさえありません。そんな曖昧な「団体」でも口座が開設できた時代がかつてあったという事です。
時代が下ると、その既存口座の名義に関しては本体の新響と同様に、従来の口座名義に続けて、当時期担当していた団員の個人氏名を付する形に変更し、今に至っています。団体とは認め難いが、個人名があるから受け容れる・・・・という玉虫色の措置です。もちろんこれは既存口座であるからこそ許された対応にほかならず、もし現在或いは未来に新たな口座の開設に迫られた場合には、この方法さえ認められるとは思えません。
そして団体の構成員は絶えず流動しており(そうした状況故に任意団体の形体を選択している訳です)、名義を貸している団員もやがて退団する日が来ます。その折には当然名義を変更しなければなりません。現在ではこうした手続きに際してはその団体が実体を伴っているかの証左のひとつとして、団体規約の明示を当該金融機関から求められるようになっています。
平成20年(2008年)といえば、既に15年以上も前になりますが、この年3月1日に犯罪収益移転防止法が施行さています。これは名称からも容易に想像されますが、非合法な行為によって得られた資金の洗浄(マネーロンダリング)や国際的なテロ活動への流出を防ぐことが目的。が、時を経るに従って手口も巧妙化・複雑化し、その都度この法律も改正されるイタチごっこを重ねて現在に至っています(来年2027年にまた改正されます)。
となれば改正イコール厳格化の一途。最前線たる各金融機関の窓口は、持ち込まれる案件対応への慎重度を日に日に増している。そこへある日、過去から引き継がれた、得体の知れない任意団体口座の名義変更という案件が持ち込まれる。となれば窓口担当者の抱く胡散臭さは直ちに限度一杯まで振り切れてしまう寸法。実在する様々な休眠団体の名義を手に入れて資金洗浄を行う手口は枚挙の遑もない状況なので、活動中の団体である証拠のひとつとして内部規約の提示が求められるのもまぁやむなし、と思わざるを得ません。
或いは演奏団体としての活動を示すために直近複数回分の演奏会プログラムを持ち込む、という涙ぐましい努力も必要となります。新交響楽団本体の口座もこれを行って最近名義変更を果たしています。規約だろうとプログラムだろうと、或いはサントリー音楽賞の賞状だろうと助成金獲得の実績だろうと、堂々と提示できるものをいくらでも備えていますのでもちろん要求はクリアできます。
翻って維持会はどうか? 会独自の規約はもちろんありません。そしてこの「団体」に関連する新響の規約も、冒頭に挙げたものが全てです。
維持会口座の名義変更については維持会の「担当者(現在は陣容を拡大して「維持会チーム担当者」)として八面六臂の活躍で改革を進めてもらっているヴァイオリンのM嬢が、ゆうちょ銀行の窓口に足を運んで既に確認。彼女は昨年度から、それまで私が事実上ワンオペで切回していた(回しきれていなかった)維持会業務の補佐として加わりましたが、その初期段階の仕事としてこの案件に取組み、窓口でのやりとりを報告してくれました。
規約の提示は必須で、例の新響規約の該当箇所(繰り返しますが、維持会という団体については具体的に何ら触れられていません)を示しても認められない。毎回の演奏会プログラムにある200名に及ぶ「維持会員御芳名」のページを示してもダメで、報告を聞くや窓口のその融通の利かなさに「小役人根性を出しやがって!」と日頃温厚が服を着て歩いていると言われる私も、流石に呪詛の言葉を思わず口走りました。まぁ先方の対応は上から降りてきた規則遵守徹底の結果であって、担当者を恨んでも意味は無いのですが。
そこで仕事の早いM嬢は間を置かず新響維持会の「規約案」を作ってくれました。大変情けない話ですが、現在に至るまで私がぐずぐずして放置している状態が続いています。迷っているのはこれを「金融機関への対応上」の、言うなれば「方便」として位置付けるのか?或いは正式に新響規約の維持会に関する規定の正式な改正と抱き合わせで扱うか?という点にあります。後者を選択して関連する新響規約を改正すれば、今後他の方面から思わぬ要請が来ても、不安要素は排除できるだろうと、最近ではこちらに気持ちは傾きつつあります。但しそうするためには「方便」の場合とは異なる時間と手間が必要になり得るので二の足を踏んでいる・・・これが実情です。
ただ前回ご説明した通り新響の三大会計の一角を形成し、少なからぬ予算が動いている「団体」は、今やそれを規定するそれなりの法体系が必要とされて然るべき段階にきていると考えます。改正となれば国民投票こそありませんが、素案作成に始まり最終的には総会での承認が必要となりますので、いささか大がかりではあるのです。
🔷チケットに関わる事 =「接点」の岐路
最後に会員の皆さまとの「接点」のお話をしたいと思います。具体的には演奏会にご来場戴く方々へのチケットのシステム、そしてその告知ツールの「今後」についてです。極めて単純に言ってしまえばこれは我々の環境を取巻く、今や抗しがたいデジタル化の流れに対し、如何に対処してゆくか?この課題に関する諸問題という事になります。
ご存知のとおり昨年2025年度よりteketによるチケットの申込み方式を維持会でも導入致しました。新響団内では全団員が、自身の手配するチケットは既にこの方式に一本化しており、また一般に「外売り」として販売するチケット分でもこれを採用しています。この流れの中で維持会員の中からも「teketでの手配は出来ないのか?」更には「この期に及んでなぜ未だにteketを導入しない?」という恫喝まがいの (笑) ご意見まで頂戴するに至り、昨 (2025) 年1月の段階でチケット担当のYさん(ホルン)と新任担当者となった前出のM嬢とを交えて打合せを実施。関連する問題点を整理した上で、若干急ごしらえの感はありましたが3か月後の第269回演奏会より、維持会員向けにもこの方式を導入するに至りました。とにかくまずは開始する事を最優先し、謂わば「走りながら考える」姿勢で臨んだ次第です。
ご理解を深めて戴くために、ここで維持会会員に向けてのチケット運用の変遷を少し振り返っておきたいと思います。
2020年のコロナ禍以前は、
① 演奏会案内と共に同封したハガキに来場の意志と席数を記入して返送して戴く。⇒ 演奏会当日の受付に、維持会員用に割り当てた席を明示した座席表を準備し、来場者にその場で表から席を選んで戴き、該当席のチケットと回数券を引き換えて手渡す。
という方式を採っていました。これをご記憶の方も多かろうと思います。
この方式は長く続いていましたが早い者勝ち、すなわち早く選択した方が好みの席の確保に対する確率が高くなる事から、開場前から会員の長蛇の列が発生。コロナ以後は会場サイドから停止・改善要請を受けるに至りました。
そこでこれに替わる方策として、
② 演奏会案内と共に同封したハガキに来場の意志と希望する席の枚数と条件を記入して返送して戴く。⇒希望に沿った席に該当するチケットを新響側で選択し、個々の会員に改めて送付する。⇒ 会員は来場に当たり、入手したチケットの枚数分の回数券を受付に提出する。
に変更して現在も継続しています。確かにこの切替えによって列による密集の発生は回避出来ました。が、その代償として従来の演奏会案内の送付の他に、1:チケットの割振り作業 2:その送付というふたつの作業が追加となり、維持会事務負荷は倍加。更には追加の郵送費用も発生します。つまりコストも人手もかかる。
時は移り、世の中はコロナ以前の生活に戻って久しいのに、このチケットの受渡し方法については会場側から旧に復する許可は未だありません。恐らくこのまま変わる事は無いだろう、とみています。
・・・とそうこうしているうちに、世の中はteketによる発券方式が普通の事になってしまいました。非対面・非接触で処置が可能という特長がコロナへの対策として合致していたのも大きかったと感じます。新響団内でのチケット手配もこれに全面移行し、チケット担当者の事務作業大幅軽減の効果を見ています。維持会員でも、他のコンサートのチケットをこのシステムで入手される方も増え、そうした観点から維持会のteket導入時期についての質問を戴くケースも増える。まぁ極めて自然のなりゆきというべきでしょうね。
この様な流れを背景にして(ある意味抗しきれず)維持会でも前述の通り半ば見切り発車でteket導入に踏み切った次第です。ただ予め覚悟していた事がありました。それは「従来の方法から完全にこのシステムの切り替わるまでは、新旧方式併用による二重の負荷とコストを見込まなければならない」です。そして現実もその予測通りの結果となっています。
またこの方式の採用によって、当然ながら演奏会に関連する情報の供給方法も形態も変化の一途をたどる事は必定です。コスト削減の方策と相俟って、例えばこの『維持会ニュース』もメール配信が実施されており、従来のアナログ的情報手段から急速に離れつつあります。更にはteketによって提供される演奏会情報も独自色が鮮明になり得るので、同じ維持会員の中でも両方式のいずれを選択するかによって、入手できる情報の密度や内容、更には速さに差異が生じかねない、という状況が現出するおそれがあります。これをどこまで平準化できるか?或いはそもそも長期的にはteketへの一本化が趨勢となっている状況で、その平準化対応にどこまで手間ひまやコストをかけてゆくか?は大きな問題です。
その一方で当初の予想に反して維持会会員に於けるteket普及が伸び悩んでいる実情もやや頭が痛い。昨年末時点で集計すると活用は会員の3割ほどの方。その後の増加傾向は間違いありませんが、現時点でも半数には届いていません。皆さん思いの外旧態(アナログ的方法)への思い入れが大きいのか?これには致し方ない要因もあると考えています。
いわゆるITリテラシーともいうべき、現在の通信ツールに対する体験度合いや習熟度には個人差があり、teketに限らず至る処で普及の壁にいまなっている、と実感しています。例えば会員の一角を占める一定以上の年齢層の方々の中には、従来通りのアナログ的な方法を選択せざるを得ない集団があっても不思議はないでしょう。半面で「高齢者層」にこそWebの活用の度合いの個人差が大きいという現実もありますので、一概には断言できませんが。私個人の経験から言っても、社会人になってからの45年ほどの期間に起こった通信手段の激変は、新たなツール登場の都度、使用方法を学び直すという状況を強いられて来ました。そうした個々の体験の濃淡が現状の差異として表れている事は容易に理解できます。
閑話休題。いずれにせよteket比率を増加させる事により、従来方式によるチケット授受や情報提供の負荷軽減を図る事が、いまや我々維持会担当者の課題になっている事は間違いありません。そして併用状態の継続が一定期間不可避であるなら、それを前提として、如何に労力と費用を削減するか?に知恵を絞らざるを得ないのです。
これについては今後も適宜この場をお借りして方法のご提案と成果の発信とご報告をさせて戴こうと考えています。
なお、これは私個人の感傷を含みますが、こうしたチケットのあり方の変遷が演奏者と、聴き手との間にあった接点を希薄なものにしてゆく一方になり得るのでは?との危惧があります。
思えばチケットという紙片ひとつ、かつてはそれが形になり、我が手に至るまでにも、実に様々な人の手を経ていました。私の大学オケ時代(昭和50年代前半)は、演奏会チケットと言えばプログラム同様に印刷業者に作成を依頼していました。歴代発注していた印刷所のある六本木(新宿区内にある大学のサークルが、なぜこの地の会社に発注していたのか、考えてみれば不思議です)に出向いては打合せを重ねましたし、先方の担当者はこちらの歴代の先輩の事も熟知。思わぬ裏話も知りました。チケットデザインも自前。当時は各団体工夫を凝らして、様々な紙質・形状・サイズ・意匠の個性を競い、百花繚乱の状態でした。指定席の座席番号も自分らで入れたケースもあり、まぁとにかく手間はかかりました。
四半世紀ほど前の一時期、新響の広報マネージャーを務めましたが、演奏会広報業務の一環としてチケットの作成手配がありました。この時はすでにチケットぴあへの発注となっており、ついに一度も顔を見る事の無かった担当者との電話連絡のみで発注。数日後にはチケットの現物が届くという形に。もちろんチケットのサイズもデザインも共通の、何ら個性のないものに様変わり。
それでもチケットが紙である限りは人手を介すという可能性があり、そこには対面の機会が充分にあり得ました。「モギリ」の語も生きていました。これがコロナ禍を契機に電子化に大きく舵を切って前述の通り、非対面・非接触が当たり前となった現在。まぁチケットを迅速且つ簡便にその場で入手する手段と割切れば、それがベストなのでしょう。
ただ、こと新響というアマチュアオーケストラと、維持会という組織成立の経緯や歴史を踏まえつつそれを位置付けてみると、前述した通り会員の皆さまとの接点のあり方について現在大きな岐路にさしかかっている、「顔が見えなくなる」「これで良いのか?」との疑問を個人的には払拭できません。単に良い席のチケットを安価に入手するための方便に維持会がなってしまう事を避けるべく、これに代わる様々な接点の仕組み作りは喫緊の課題とされなければなりません。これはもう次世代の仕事ですね。
という訳で、個人的には会員の皆さまとの対面での交流を最優先で考えており、次の演奏会も維持会受付でご来場をお待ちしています。
3回に亘る冗漫な文章にお付き合い戴いた上で、更には様々なご感想や情報も頂戴しました。心より感謝申し上げます。有難うございました。
