野津 里穂(フルート)
ヴァイオリン協奏曲といえば、皆さんはどの作曲家の作品を思い浮かべますか?
いわゆる4大ヴァイオリン協奏曲といわれている、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームス、チャイコフスキーの作品を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。私自身も、コルンゴルトのヴァイオリン協奏曲を知る以前に聞かれれば、「チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲」とお答えしていたかもしれません。
■ 「ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35」

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この作品は、ポーランド出身の名ヴァイオリニスト、ブロニスワフ・フーベルマンのために1945年に作曲されました。亡命後、コルンゴルトは映画音楽をメインに作曲しており、改めて純音楽に戻ったのは、第二次世界大戦後のことでした。1933年の「弦楽四重奏曲 第2番」(作品26)以来、久しぶりとなる「弦楽四重奏曲 第3番」(作品34)が書かれ、その後にこのヴァイオリン協奏曲が完成しました。
この度、解説を執筆するにあたり、興味深い内容が記されていましたので、以下にご紹介したいと思います。早崎隆志の著書「コルンゴルトとその時代 ― “現代”に翻弄された天才作曲家」(みすず書房、1998年)にはコルンゴルトとフーベルマンの当時の様子が記されていました。「ポーランドの名ヴァイオリニスト、ブロニスワフ・フーベルマン (1882-1947) は1937年にナチスに追われて以来アメリカで活躍していた。彼はコルンゴルト家の夕食パーティーにしばしば招かれていた。その席では、『それでエーリヒ、ぼくのヴァイオリン協奏曲はどこにある?』と訊くのがいつもの冗談だった。1945年のある晩も、フーベルマンは軽い気持ちで常套句を繰り返した。するとコルンゴルトはピアノの前に座り、その出だしを引き始めたではないか。魅惑的なそのメロディーは独奏にぴったりの曲だった。フーベルマンは熱狂し、コルンゴルトにその曲を完成させるように約束させた」とあります。
フーベルマンとコルンゴルトの関係性や、どのような状況でコルンゴルトがフーベルマンにこの作品を紹介したのかなど、当時の様子をこの文章から想像することができます。
しかし、フーベルマンはコルンゴルトと約束したにも関わらず、フーベルマンによる初演は実現せず、彼は作品完成から2年後の1947年に亡くなりました。
■ 初演
完成から約2年後の1947年2月15日に、セント・ルイスにおいて、ヤッシャ・ハイフェッツ独奏、ウラディーミル・ゴルシュマン指揮セント・ルイス交響楽団の演奏で初演されました。
初演当日のプログラムには、コルンゴルト自身もこのようなコメントを寄せています。「終楽章では名人芸を要求してはいるものの、多くの旋律的で抒情的なエピソードのためにこの作品が期待するのはパガニーニのような演奏家よりもカルーソーのように歌うヴァイオリン奏者である。自分の協奏曲がカルーソーとパガニーニを一人で併せ持った人物、すなわちハイフェッツに演奏されることを、私がどれほど嬉しくおもっているか、言うまでもないことだろう。」(石田一志「コルンゴルト ヴァイオリン協奏曲 ニ長調」全音楽譜出版社、2013年)実際に、演奏会はセント・ルイス音楽史上の事件と呼ばれるほどの成功であり、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲と同じくらい長く愛奏され続けるだろうと評価されていたそうです。また、ハイフェッツはその後もこの作品を好んで演奏し、アメリカでの評価も高まりました。そして、この作品は、コルンゴルトが幼少期から交流のあったマーラーの未亡人アルマ・マーラー=ヴェルフェルに捧げられています。
この作品は、コルンゴルトが携わった映画音楽『砂漠の朝』(1936)、『革命児ファレス』(1938)、『風雲児アドヴァース』(1938)、『放浪の王子』(1937) これらの映画音楽から、各楽章の主要主題が採られています。

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第1楽章 モデラート・ノビレ
冒頭の独奏ヴァイオリンが奏でるメロディーは、映画『砂漠の朝』の「愛の主題」で、のびやかに2オクターブ広がる旋律です。ノビレを直訳すると高貴に上品にといった意味になりますが、冒頭の独奏ヴァイオリンはまさにそのような上品さを感じさせます。コルンゴルトは甘いスイーツが大好きだったとも言われていますので、上品な甘さのスイーツを想像することもできます。
緊迫感のある独奏ヴァイオリンとオーケストラの掛け合いの中で楽章は閉じます。
余談ですが、冒頭の美しいヴァイオリンソロに聴き惚れていると、自分が演奏しなければならない音符がはるか先に進んでしまっていることがあります。気を付けなければなりません。
第2楽章 アンダンテ:ロマンス
第2楽章は、繊細なオーケストラの響きが8小節演奏されたあと、独奏ヴァイオリンが、冒険活劇『風雲児アドヴァ―ス』のなかのアンソニーとアンジェラの愛の主題を奏でます。この第2楽章は三連符が多く使われており、その三連符の動きにより、気持ちを揺さぶられるような感覚や、心が締め付けられるような気持ちになります。ロマンスというタイトルがつけられている通り、男女が愛を語るような濃密な音楽が奏でられます。
第3楽章 フィナーレ:アレグロ・アッサイ・ヴィヴァーチェ
フィナーレというタイトルに相応しい最終楽章です。アレグロ・アッサイ・ヴィヴァーチェと指定されている第3楽章は、あっというまに駆け抜けていきます。しかしながら、駆け抜けるだけではないのが、コルンゴルトの面白いところであり、彼の作曲の力量の高さが最も鮮明に表れている楽章となっています。
6/8拍子で独奏ヴァイオリンが勢いよく提示するスタッカートのロンド主題は『放浪の王子』の「王子の主題」を音型化したものです。実際に、オリジナルの「王子の主題」が演奏されるのは、変ロ長調、2/4拍子のエピソード部分で、独奏ヴァイオリンが優しくメロディーを奏でます。また、この主題は独奏ヴァイオリンだけでなく、オーケストラのさまざまな楽器にも受け渡されていきます。次はどの楽器が主題を奏でているのかなどを探しながら聴いてみるのも楽しいかもしれません。
初演:
1947年2月15日、ヤッシャ・ハイフェッツ独奏、ウラディーミル・ゴルシュマン指揮、セント・ルイス交響楽団
楽器編成:
独奏ヴァイオリン、フルート2(2番はピッコロ持ち替え)、オーボエ2(2番はコールアングレ持ち替え)、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット2(2番はコントラファゴット持ち替え)、ホルン4、トランペット2、トロンボーン、ティンパ二、大太鼓、シンバル、チューブラーベル、銅鑼、シロフォン、ヴィヴラフォン、グロッケンシュピール、チェレスタ、ハープ、弦五部
参考文献
- 早崎隆志『コルンゴルトとその時代 ― “現代”に翻弄された天才作曲家』みすず書房、1998年
- 『コルンゴルト ヴァイオリン協奏曲 作品35』株式会社全音楽譜出版社、2013年
- 『札幌交響楽団 第598回定期演奏会 プログラム』2017年4月
