古川 英和(ファゴット)
■ フィンランドが生んだ最大の作曲家

(E.ヤルネフェルト、1892)
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ジャン・シベリウス (Jean Sibelius, 1865-1957) は、フィンランドが生んだ最大の作曲家として知られる。彼が生まれた1865年のフィンランドは、独立国ではなく、ロシア帝国のなかで「フィンランド大公国」として一定の自治を認められた地域であった。シベリウスは、ロシアによるフィンランド支配が強圧的な様相を強める19世紀末から、20世紀初頭のフィンランド独立、二度の世界大戦という激動の時代を生き抜き、1957年、91歳でその生涯を閉じている。
シベリウスの創作の源泉は、フィンランドの自然と、民族叙事詩『カレヴァラ』である。『カレヴァラ』は、フィンランドおよびカレリア地方に口頭で語り継がれてきた伝承詩を、医師であり言語学者でもあったエリアス・リョンロートが19世紀半ばに編纂した叙事詩で、フィンランドの建国神話とも言うべき位置を占めている。シベリウスは生涯にわたって繰り返しこの叙事詩から題材を汲み、合唱付き交響曲「クッレルヴォ」、「レンミンカイネン組曲」、「トゥオネラの白鳥」、本日演奏する「ポヒョラの娘」、ソプラノ独唱と管弦楽のための「ルオノタル」、晩年の傑作「タピオラ」など、多くの作品を生み出した。シベリウスにとってカレヴァラとは、若き日の啓示であると同時に、生涯を貫く創作の地下水脈であった。
7つの交響曲をはじめとする膨大な管弦楽作品で20世紀前半の音楽史にその名を刻んだシベリウスだが、1926年の「タピオラ」を最後に、生前に大規模な作品を発表することはなかった。1957年に世を去るまでの30年以上にわたる沈黙は、晩年の住居の地名にちなんで「ヤルヴェンパーの沈黙」と呼ばれる。妻アイノとの暮らしの場であった邸宅「アイノラ」で、彼は交響曲第8番の完成に取り組んでいたとされるが、その原稿は本人の手によって暖炉に投じられた、と伝えられている。華やかな成功と深い沈黙――そのどちらもがシベリウスの姿である。
■ 交響詩、そして「交響的幻想曲」
7つの交響曲と並ぶ、シベリウスの管弦楽創作のもう一つの柱が、十数曲に及ぶ交響詩である。交響詩は、19世紀半ばにフランツ・リストが創始し、リヒャルト・シュトラウスによって一つの完成形に到達した形式で、文学や絵画、伝説などの「物語」や「情景」を、決まった形式に縛られず自由に音楽化するものである。
シベリウスは、「エン・サガ」、「フィンランディア」、「レンミンカイネン組曲」、「夜の騎行と日の出」、「吟遊詩人」、「オケアニデス」、そして晩年の「タピオラ」など、十数曲に及ぶ交響詩を残した。交響曲が形式と論理の世界であるとすれば、交響詩はシベリウスにとって、物語と情景を直接音にする場であったと言ってよいだろう。 ところで、本日演奏する「ポヒョラの娘」には、他のシベリウスの交響詩とは一線を画す肩書きが与えられている。「交響的幻想曲 (Symphonic Fantasy)」である。なぜシベリウスは、この作品にのみ、このような特別な呼称を選んだのだろうか。
理由の一つは、本作が複数の作曲プロジェクトの素材を統合して生まれた、いわば「モザイク的」な作品であることに求められるかもしれない(後述する)。もう一つは、本作が古典的なソナタ形式に近い構造を内に秘めながらも、物語の流れに従って自由に展開していく「幻想曲」的な性格を併せ持っているためであろう。実際、フィンランド・シベリウス協会の解説でも、本作は準古典的なソナタ形式によって構築された典型的な交響詩であると説明される一方、その自由な展開のあり方が強調されている。「物語」と「形式」、二つの磁場のあいだで揺れ動くこの作品の独特な性格を、シベリウス自身は「交響的幻想曲」というあらたな呼称に込めたのではないか。
■「モザイク」から生まれた作品
「ポヒョラの娘」は1906年夏前に完成し、同年12月29日、サンクトペテルブルクのマリインスキー劇場管弦楽団により、シベリウス自身の指揮で初演された。指揮者アレクサンドル・ジロティの招きによる演奏会であり、楽団も聴衆も批評家も熱狂的に本作を迎えたという。
この作品の作曲過程は、長らく謎に包まれていた。詳細が学術的に明らかにされたのは、1990年代後半のスケッチ研究によってである。それによれば、シベリウスは1905年から1906年にかけて、複数のプロジェクトを同時並行で進めていた。それらは、当初「ルオノタル(自然の娘)」と仮称された管弦楽作品、交響曲第3番のための素材、「夜の騎行と日の出」、「イン・メモリアム」のスケッチ、そして詩人ヤルマリ・フィンネの台本によるオラトリオ「マルヤッタ」である。これらの素材が複雑に絡み合いながら、最終的にカレヴァラの『ポヒョラの娘』の物語に焦点を絞った一つの作品として結晶したのが、本作なのである。
シベリウスはフィンネに、こう語ったと伝えられている。「音楽とは、神が組み合わせた美しいモザイクのようなものだ。神はそれを手に取り、世界に投げかける。私たちは、その断片から再び絵を組み立てなければならない」――。複数の構想の断片を統合して生まれた本作は、まさにこの「モザイク」の比喩そのものを体現している。
題名についても紆余曲折があった。当初シベリウスは「ヴァイナモイネン」と名付けることを希望したが、ドイツの音楽出版社主ロベルト・リーナウは難色を示し、フィンランド語原題《Pohjolan tytär》をドイツ語に意訳した「北の娘」を提案した。シベリウスは「英雄の冒険」を対案として返したが、これは前年の1905年にベルリンで聴いたばかりのリヒャルト・シュトラウス「英雄の生涯」に似すぎているとして退けられ、結局リーナウの案が採用されることになる。
物語の出典は『カレヴァラ』第8章である。フィンランド神話の老賢者、白髭のヴァイナモイネンは、橇そりを駆って旅をする道中、空に虹をかけ、その上で機はたを織る美しい娘 ―― ポヒョラの娘 ―― を見出す。「ポヒョラ」とはフィンランド神話における「北の国」のことで、英雄たちの故郷カレヴァラと対置される、暗い辺境の地である。彼は娘に求愛するが、娘は数々の難題を課す。卵に見えない結び目を作れ、紡錘のかけらから舟を作れ。ヴァイナモイネンは持てる魔力と呪文を尽くして挑むが、ついに舟は完成せず、斧で身を傷つけ、娘の幻影は遠ざかる。失意の英雄は、橇に乗って暗い北の国を後にする。敗者であるが、敗北はしていない ― そんな英雄の物語である。

(J.アラネン, 1919-1920)
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■ 楽曲を聴く
暗い北の国
曲は、低音楽器群 ―― ファゴット、コントラファゴット、ホルン、そしてチェロ・セクション ―― が、暗く重い和音を静かに響かせるところから始まる。北欧の長い夜、深い森と霧。そうした風景が、この低音の層の中から滲み出してくる。シベリウスはこの冒頭に、当初オラトリオ「マルヤッタ」の冒頭として書きつけた素材を転用しているとされ、草稿の余白には「Marjatta」の文字が記されている。
その暗い響きの中から、独奏チェロが嘆くような旋律を歌い出す。ファゴットやバスクラリネットがこれに絡みつき、白髭の老賢者ヴァイナモイネンの姿がゆっくりと立ち上ってくる。フィンランドの音楽学者エルッキ・サルメンハーラは、この曲を通じて低音域は、ヴァイナモイネンが虚しく空へと手を伸ばす姿を描き出している、と指摘している。
空に現れる娘
やがて大胆な転調とともに、音楽の景色は一変する。ハープのきらめき、高音弦、そしてオーボエとコールアングレが、空に機を織る娘の姿を繊細に描き出す。続いてフルートが娘の美しさを歌い継ぐ。娘を一目見たヴァイナモイネンの心は、震え、燃え上がる。
英雄の挑戦
展開部では、ヴァイナモイネンが娘に課された難題に挑む努力と、娘の優しさと嘲りが、音楽的な対応物として与えられる。中盤には、高弦と高木管が空に向かって伸びていく旋律と、まさにそれと真逆の方向へ動くチェロ・コントラバス・ファゴット・コントラファゴットの低音旋律が、同時に鳴り響く箇所がある。空に届かんとする英雄の意志と、地に縛られた身体 ―― そんな対比を、垂直方向に引き裂かれる音響として描き出すこの場面は、本作の精緻なオーケストレーションの妙味の一つである。低音側で旋律を担う側からすれば、この対位法的な書法は、シベリウスの管弦楽法の凄みを最も強く実感させてくれる箇所でもある。
静寂への回帰
奮闘の果てに、嘲笑の動機が弦と木管によって最も荒々しく響き、英雄の試みは挫折する。やがて娘の幻影は消え、コントラバスとチェロによるG-A-Bという低音の進行が、静かに最初の暗い情景へと回帰していく。冒頭と同じ場所に戻ってきた英雄。だが、なんという旅であっただろう。なんという、色彩の輝きであっただろう。
初演:
1906年12月29日 サンクトペテルブルク ジャン・シベリウス指揮/マリインスキー劇場管弦楽団
楽器編成:
ピッコロ、フルート2、オーボエ2、コールアングレ、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、コルネット2、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、ハープ、弦五部
参考文献
- The Sibelius Society of Finland, Pohjola’s Daughter
- Sibelius Klubi, Pohjola’s Daughter
- Wikipedia, English: Pohjola’s Daughter
- Wikipedia, English: Jean Sibelius
(アクセス日:全て2026年5月5日)
