シェーンベルク/浄められた夜(弦楽合奏版)

原井 小太郎(ヴァイオリン)

 アルノルト・シェーンベルク(1874–1951)は、20世紀初頭に無調音楽、さらに十二音技法を確立し、西洋音楽の調性体系を根本から問い直した作曲家である。しかし《浄められた夜》は、その転換よりも前、1899年に書かれた初期作品であり、後期ロマン主義の語法の上に成り立っている。ワーグナー的な濃厚な半音階進行とブラームス的な厳格な動機展開が融合し、調性の枠内でありながら高度な和声的緊張を生み出す。後年の作風を知る者には、その片鱗をところどころに見出せるかもしれない。
 この作品は、リヒャルト・デーメル(1863–1920)の詩集『女と世界』(1896年)に収められた同名の詩にもとづいて作曲されたものであり、このデーメルの詩は月夜の冬の森を舞台に、一組の男女の対話を描いている。シェーンベルクが弦楽六重奏曲として書き上げたのは、彼が24歳のときであった。

■詩の内容と音楽の構成

 音楽は詩の構成に従い、切れ目なく続く5つの場面から成る。
 第一場面は、葉の落ちた冷たい林の中を歩く二人の情景である。低音の重々しい足取りが歩みを象徴する。詩の第一連はこの場面を次のように始める。

Zwei Menschen gehn durch kahlen, kalten Hain;
der Mond läuft mit, sie schaun hinein.
(二人の人たちが葉の落ちた冷たい森の中を歩いていく
月はともに歩み、二人はその内を見つめる)

 第二場面は、女の告白である。詩の第二連で女は語る —— 見知らぬ男との間の子を宿していること、あなたへの愛に気づく前にその男と結ばれてしまったのだ、と。激しい半音階的進行がその苦悩を描く。

Ich trag ein Kind, und nit von dir,
ich geh in Sünde neben dir.
(私は子どもを身ごもっているの、あなたのではなくて、
私は罪のうちにありながら、あなたの隣を歩いている)

 第三場面は、詩の第三連にあたる沈黙の場面である。女の告白を受けた後の、暗く冷えた月光が続く。
 第四場面では男が口を開く。詩の第四連で彼は語る —— その子は二人の間に生まれた子として育てよう、愛はすべてを変容させる、と。音楽はニ短調から輝かしいニ長調へと転じる。
 第五場面、詩の第五連では二人が抱き合い、光り輝く夜の中を進む。

Er faßt sie um die starken Hüften,
ihr Atem mischt sich in den Lüften,
zwei Menschen gehn durch hohe, helle Nacht.
(彼は女の力強い腰を抱き寄せる
二人の息は大気の中でまじりあう
二人の人たちが高く明るい夜の中を歩いていく)

 第一場面で「冷たい森」を歩いていた二人は、いまや「高く明るい夜」へと足を踏み入れ、物語は静かな幸福感の中で幕を閉じる。
 シェーンベルクはデーメルの五連詩を、休みなく展開する単一楽章の器楽作品として構成した。詩の区切りは楽章分割ではなく、動機の変容と和声的緊張の推移によって描き分けられ、告白から赦し、そして浄化へと至る心理の変化が、音楽そのものの論理として統合されている。
 語法はワーグナー以後の半音階的和声法の延長線上にあるが、本作では遠隔調への急激な転換や、機能的解釈を超える和音連結が現れ、特に「転回された九の和音」は、当時「理論上存在しない」としてウィーン音楽家協会から演奏を拒否される原因となった。無調には至らないものの、機能和声の安定的な進行は著しく弱まり、調性感は常に揺らいでいる。
 さらに注目すべきは、交響詩的な物語構成を弦楽六重奏という室内楽編成へ持ち込んだ点である。オーケストラの色彩に依らず、六声部の緊密な対話によって交響的スケールを実現したことは、室内楽の表現領域を拡張する一歩でもあった。

■成立と版の経緯

 その革新的な作曲語法と詩の題材が物議を醸したことで、作品はウィーン音楽家協会による演奏拒否に遭い、初演を迎えるまでに、作曲から3年の歳月を要した。1902年3月18日のことである。
 シェーンベルクはのちの1917年にこの作品を弦楽合奏用に編曲した。コントラバスが新たに加わり声部が複数化されたことで、六重奏版の対位法的緊張を保ちながら、低域の重心と和声の厚みが増している。1943年の改訂ではテンポ・ダイナミクス・アーティキュレーションの指示が精緻化され、より明確な演奏指針が与えられた。こうした段階的な改訂を経ることで、室内楽的対話と交響的響きとを併せ持つ本作の性格はより明瞭に浮かび上がることになった。なお、本公演では1917年版を使用する。
 《浄められた夜》は後期ロマン主義の到達点であると同時に、その語法の限界を内側から押し広げた作品でもある。シェーンベルクは1908年頃から調性を離れた無調音楽へと歩みを進め、さらに1923年頃には十二音技法を体系化することになる。本作はそのいずれにも至っていないが、機能和声を極限まで引き伸ばしたこの語法が、後の転換をすでに予告している。

初演(弦楽六重奏版)
1902年3月18日、ウィーン楽友協会(ロゼー弦楽四重奏団、フランツ・イェリネク、フランツ・シュミット)

編曲(弦楽合奏版):
1917年出版(1943年改訂)

初演(弦楽合奏版):
1916年11月29日、プラハ(アレクサンダー・フォン・ツェムリンスキー指揮)

楽器編成:
ヴァイオリン2部、ヴィオラ2部、チェロ2部、コントラバス

参考文献

(アクセス日:全て2026年3月8日)

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