J. S. バッハ(ウェーベルン編)/6声のリチェルカーレ

河野 美也(チェロ)

■ 音だけで全てを語るJ.S.バッハ

 時代やジャンルを超えた普遍的な音楽美を確立したJ.S.バッハ(1685-1750)。現代のオーケストラにとってはバッハを主軸とする演奏会は稀であるため、解説を書かせていただく機会にも感謝しかない。しかし、バッハ本人はその音楽理論や思想に関する著作を一切残していない。同時代の作曲家・音楽理論家のJ.マッテゾン(1681-1764)は著述家でもあったが、そのマッテゾンが再三寄稿の呼びかけをしたにも関わらず、バッハは頑としてそれに応じなかった[1]。
 J.S.バッハは生涯にわたって作曲技法を追求し、また、すぐれた音楽教育者でもあったが、彼はその探求を全て、音楽そのものに語らせた。その象徴の一つは、あの有名な肖像画(図1)であろう。手にしているのは6声のための三重カノン(BWV 1076)。わずか三小節・三段に集約された楽譜だが、二小節はリピート記号で囲まれており、楽譜を提示する側とされる側の二つの視点で見て反行させると計6声の無限カノンになる。これだけで、各声部が固有の旋律を持ち、和声的にも調和し、かつ転回対位法で幾何学的なうつくしさをつくる[2]。たった一行で真理を示す数式のようで、確かに言葉なんて要らないとも思える。

図1:バッハ肖像画(E.G.ハウスマン、1746)
(Wikimedia Commonsより)

■「音楽の捧げもの」より「6声のリチェルカーレ」

 本日演奏する「6声のリチェルカーレ」は、「音楽の捧げもの (BWV 1079)」に含まれる二つのフーガのうちの一つである。作曲年代不明も多いバッハ作品の中で、「音楽の捧げもの」は成立年月が特定される。1747年5月7日に、バッハがポツダムで熱心な音楽愛好家であったプロイセン王フリードリヒ二世に謁見した際、王は主題を提示し、3声と6声のフーガを所望した。バッハは3声のフーガをその場で見事に即興演奏したものの、その主題での6声については持ち帰った(平均律クラヴィーア曲集全体を通じても声部は最大5声までである上、王の主題は半音進行が多く少し複雑である)。そしてフーガやカノンを急ぎ作曲して、2ヶ月後の7月7日に特装本を献呈した[3]。さらにいくつかの楽曲が加えられ、同年の9月に出版された「音楽の捧げもの」は、2つのフーガ(3声と6声のリチェルカーレ)、トリオソナタ、10個のカノンから成る曲集となった。

 リチェルカーレとは、ルネサンス – 初期バロック期における器楽曲の様式の一つであり、フレスコバルディ(1583-1643)やドメニコ・ガブリエッリ(1659–1690)の作品が知られている。リチェルカーレはイタリア語で探求(英語のresearch)を意味し、必ずしもフーガを意味しない。では、なぜ本作はリチェルカーレなのか。厳格な古様式への回帰という意味に加え、バッハはフリードリヒ大王に献呈した楽譜に図2のような題辞を記している。「Regis Iussu Cantio Et Reliqua Canonica Arte Resoluta(王より与えられた主題と追加部分をカノン技法で解決した)」。ホフスタッターによれば、このCanonicaという言葉には「カノン技法で」という意味と「できうる最上のやり方で」という意味が掛けられている[4]。そしてこの題辞のイニシアルを並べると、RICERCAR!バッハは、6声を即興演奏しなかったことに少し悔しさを感じていたのかもしれないが、それを凌駕して余りある見事な回収である。なお、「音楽の捧げもの」には、他にも「螺旋カノン」1や、「蟹のカノン」2なども収められており、数学的側面と美学的側面が高い次元で統合された曲集になっている。

図2:出版譜(第一版、Leipzig: Johann Sebastian Bach, 1747)に記された題辞
(IMSLPより)

■ J.S.バッハ再発見とウェーベルン

 バッハの作曲技法は、晩年になるにつれ凄みを増す。「平均律クラヴィーア曲集第2巻」「音楽の捧げもの」「フーガの技法」など、有機的に洗練されて行くポリフォニーの技法には目を見張るばかりである。しかしこの頃の時代の潮流として「ポリフォニーは懐古的」とされ、バッハの作曲家としての名は忘れ去られて行った。ようやく再発見されるのは、没後約80年が過ぎた頃だ。突破口となったのはメンデルスゾーンによる「マタイ受難曲」の蘇演(1829)である。1850年にバッハ協会が設立され「バッハ全集」が出版されると、作品は急速に普及した。後期ロマン派以降は、現代楽器やオーケストラによる厚い音への志向と、ピリオド奏法などの古楽的な演奏への志向へと、二分化されて行く[5]。2026年の現在は古楽的な演奏への志向が主流であろうか。されば、本日の演奏会で取り上げるようなシェーンベルクやウェーベルンによる編曲は邪道と見る方もいらっしゃるかもしれない。しかし待ってほしい。新たな地平を求める新ウィーン楽派の作曲家たちがバッハに回帰し、その抽象的構造や厳格な対位法に基づいて無調音楽や12音技法へ発展させたことは、胸が熱くなる事象であり、音楽史上大きな意味を持つ。また、我々にバッハの語法を再確認するきっかけを与えてくれる。
 ウェーベルン(1883-1945)は、アルバン・ベルクとともに1904年にシェーンベルクに弟子入りした。作品番号付きは31曲と寡作だが、独自の境地で後進に強い影響を与えた。「6声のリチェルカーレ」を編曲したのは1935年、既に12音技法による後期の作風の完成期にあった。編曲の意図を「動機的な一貫性を明らかにする試み」と述べ[6]、冒頭の主題提示において、8小節の王の主題を7つに分割して、トロンボーン、ホルン、トランペットへ交互に割り当てた(図3)。部分と全体の有機的な相互作用により、音色の変化そのものを旋律とする「音色旋律(Klangfarbenmelodie)」を、バッハの厳格な対位法構造を用いて体現している。なお、スコアにはcrescendo, decrescendo, poco rubato, poco allargando, fließend, a tempoなどの指示が多用される。これはウェーベルンのこの作品への解釈を示す重要な指標の一つであり、同時に、分割した部分を再統合し、全体のフレーズ感を形作る役割を果たす。最後はsehr getragen(非常に荘重にしっかり音を保って)という指示の下、輝かしいC-Durピカルディ終止に向かう。

図3:王の主題と楽器の割り当て
(J.S.Bach自筆譜 (Public Domain) に、筆者が書き込み)

初演:
1936年4月25日、ロンドンにて。アントン・ウェーベルン指揮、BBC交響楽団

楽器編成:
フルート、オーボエ、コールアングレ、クラリネット、バスクラリネット、ファゴット、ホルン、トランペット、トロンボーン、ティンパニ、ハープ、弦五部

参考文献
  1. ヨハン・マッテゾン(村上曜編著・訳)『新しく開かれたオーケストラ(1713年)全訳と解説』道和書院 2022年
  2. クリストル・ヴォルフ(松原薫訳)『バッハ 音楽創造の宇宙』春秋社 2025年
  3. 久保田慶一編『バッハ キーワード辞典』春秋社 2012年
  4. ダグラス・R・ホフスタッター(野崎昭弘、柳瀬尚紀、はやしはじめ訳)『ゲーデル、エッシャー、バッハ:あるいは不思議の環』白揚社 2005年
  5. 小林義武『バッハ復活 – 19世紀市民社会の音楽運動』春秋社 1997年
  6. 三橋圭介 バッハ/ウェーベルン『6声のリチェルカーレ』解説 日本楽譜出版社 2012年
  1. 王の主題が長2度上への転調を6回繰り返し(c→d→e→fis→gis→b→c)、元のc mollに戻る。人間の聴覚はオクターヴをあたかも同一の音のように捉えるため、無限に上昇して行くように感じられるカノン。バッハは楽譜の余白に「転調が高まるとともに、王の栄光も高まりゆかんことを」と記している。 ↩︎
  2. 各旋律が左右から行き違う、メビウスの帯のような「逆行」カノン ↩︎
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