坂田 晃一(チェロ)
この曲について、作曲者である私自身が曲目解説を書くことになりましたが、“解説”として一般的によくあるような、楽曲分析的にこの曲を紹介してしまいますと皆さんに余計な予断を与えかねません。私が音楽で伝えたいことを、皆さんにはできるだけ自由に感じ取っていただきたいと私は願っていますので、その一助となるような内容に限って記すことにします。
「詩篇」とは、150篇からなる神への賛美の詩で、キリスト教(あるいはユダヤ教)の旧約聖書に収められています。宗教の垣根を越えて古くからさまざまな芸術や文学などにもインスピレーションを与えてきましたが、そこには感謝や喜びだけでなく悲しみや嘆きなどの感情、不条理なことへの抗議、ときには復讐への呼びかけさえ歌われます。
こうした本来の「詩篇」に倣い、私はあるひとつの事象について、その当事者たちがその事象の体験中に感じたであろうさまざまな思いや感情を音楽で表現しようと企図しました。言葉のない、音楽による詩です。詩とは言え、「詩篇」に倣うのですから激しい感情のほとばしりも見せ、喜びや感謝、哀しみや慟哭、怒り、更には復讐への誓いさえもうたいます。事象の時間経過に沿いながらうたいます。
副題として “Don’t stop talking about them” を引用しました。このフレーズはオリジナルでは最後の “them” に中東の地名が入っていますが、ここ数年来自然発生的に現れ、さまざまなキャンペーンのスローガンとして多用されています。また、ドキュメンタリー映画などに関連付けた形でも使われています。
地名をあえて人称代名詞に代えたのは、そのようにすることによって、この曲が対象とするのはごく最近の事象だけでなく、数々の歴史的な事象にも当てはめることができ、特にそこにいた人々の想いそのものに照明を当てることができると考えたからです。
曲の構成は13の部分から成り、途切れることなく続けて演奏され、部分ごとにタイトルを付けています。タイトルは、「序 ― 平和へのコラール ― 日常 ― 予感1 ― 惨事1 ― 悲歌 ― 葬送 ― 小康 ― 予兆 ― 予感2 ― 惨事2 ― 哀悼 ― 祈り」です。
特定のフレーズがところどころに現れますが、そこには私のある想いを密かに込めています。
音楽は言葉としての意味を持ちません。でも、音楽は確かになにかを伝え、ひとの心を動かすことができるはずです。そのような音楽の力を信じて私はこの曲を書きました。そして今日、皆さんにお聴きいただきます。
初演:
2026年1月12日、東京芸術劇場にて。矢崎彦太郎指揮、新交響楽団
楽器編成:
フルート4(4番はピッコロ持ち替え)、オーボエ2、コールアングレ、クラリネット3(3番はバス・クラリネット持ち替え)、ファゴット3(3番はコントラファゴット持ち替え)、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、トライアングル、タンブリン、小太鼓(響き線付き・響き線なし各1)、シンバル、吊りシンバル、大太鼓、タムタム、トムトム、シェイカー、グロッケンシュピール、ヴィブラフォン、マリンバ、チェレスタ、ピアノ、弦五部
< 坂田晃一 プロフィール >

1942年、東京生まれ。演奏家を目指して東京藝術大学器楽科に入学するが、作曲家への進路変更のため中退。作曲・指揮を山本直純に師事し、アシスタントを務めながら商業音楽作曲のあらゆるジャンルについて徹底的な訓練を受ける。
1965年よりテレビドラマ、映画、レコード、舞台、CM等、幅広い作曲活動を展開、主な作品にNHK朝ドラ「おしん」、大河ドラマ「おんな太閤記」「いのち」「春日局」他、NTV「池中玄太80キロ」他、テレビ朝日「家政婦は見た」他、TBS「東芝日曜劇場」他、アニメ「母をたずねて三千里」、ジブリ「コクリコ坂から」主題歌、ビリーバンバン「さよならをするために」、西田敏行「もしもピアノが弾けたなら」、杉田かおる「鳥の詩」等がある。由紀さおり・安田祥子姉妹のCD制作・コンサートにおいて編曲・音楽監督を長年にわたり担当。
2000年から2016年、尚美学園大学で教育にも従事した。2016年、当団に入団、現在に至る。
